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徒然すぎて草。

君に顔はいらない。

カードを断つ少年の話

問題。

小さなスリーブにカードを入れるには?

答えはこの後。

 

8年前ほどの話。

当時、デュエルマスターズをやっていた私は、一時期、

自宅の最寄り駅から自転車で15分ほどの距離に存在する

カードショップ(らしきもの)に入り浸っていた。

らしきもの、というのは何かのついでにカードショップをやっている店、

ということで、

その店は西側に整理整頓のされていない同人誌がぎゅうぎゅうに詰まった棚を、

東側に「こんなの誰が買うんだ」というフィギュアが立ち並び、

レジ近くにカードのファイルが並んでいる、なんとも中途半端な属性だった。

しかも2階はミニ四駆のサーキットになっていたから訳が分からない。

ダメ押しにもほどがあるし、その店はもうない。

潰れてしまったのだ。

今日は、そんな店で出会った一人の少年のお話。

 その少年とはデュエルスペースで出会った。

確か、適当に場所を借りて一人でデッキを組んでいたら

声をかけられたとか、そういうきっかけだったと記憶している。

当時の私は中学3年くらいで、彼は小学2年ほどだったろうか。

そんな年齢差をものともせずに話しかけてきてくれた彼の好意を無下にする気にもならず、

適当に持ち合わせていたロマネサインやら牙マルコやらで適当に相手をする、

そんな日々が数週間続いていた。

彼のデッキは初心者というか子供らしいというか、いわゆる

「微笑ましい」構築であり、スリーブもしていないので横がボロボロだった。

私はそんな彼を前にして、時には自分の持っているカードを渡しつつ、

これをこうするといい、などという糞老婆心(クソババアマインドと読む)を発揮していた。

紙がボロボロだったのも気になったので、スリーブも使ってみるといいよ。

確か、そんな風に言った気がする。

 

後日、また彼に会い、対戦に付き合うこととなった。

彼のデッキはちゃんとスリーブに保護されていた。

お互いのデッキをシャッフルし、カットをする。

その時、私はあることに気が付いた。

……小さい。

小さいのだ。

何が?

デッキが。

具体的に言えば、デュエルマスターズのデッキの手触りが、

遊戯王のサイズになっていたのだ。

よく見ると、スリーブには遊戯王5D'sとか書いてある。

……意味が分からなかった。

私はおずおずと聞いた。

「このスリーブに、どうやって入れたの?」

「えーっとね、切った!」

切った。

cut。

恐る恐るスリーブに保護されたカードを見ると、そこには、

子供の拙い握力で鋏を使ったのであろう、切り口がギザギザに裁断されていた

ボルシャック・大和・ドラゴンがいた。

そのボルシャックは炎の剣を持った勇ましい出で立ちだったが、

まさか自分がハサミで切られる日が来るとは夢にも思わなかっただろう。

スピードアタッカーでシールドを2枚ブレイクしようがなんだろうが、

ハサミには勝てない、非情な現実がそこにはあった。

 

それにしても、なんという発想力であろうか。

私にはそのような天才が恐ろしい。

入らないスリーブがあるなら、カードのほうを切ってしまえばいい。

なんというコペルニクス的転回、

マリーアントワネットもその発想の恐ろしさに、

全身の毛が抜けること必至である。

 

我々は、彼から学ぶべきことが一つある。

それは常識にとらわれてはいけないということだ。

かつて、コロンブスは西への航海を卵を直立させることに喩えた。

やって見せれば誰もが簡単だ、当たり前だと言うが、

その当たり前を実行するには強靭な魂が必要である。

彼は、ボルシャック・大和・ドラゴンの裁断を通じて、

人生における重要なことを教えてくれたのだと思う。

それからしばらくして、行きつけとなりかけていた店は潰れ、

その少年と会うことはなくなったが、

彼の行く末を楽しみにするばかりである。

 

 

とかなんとか、いい話風に書いてみたはいいが、

普通、ちゃんとスリーブ買うよね。