徒然すぎて草。

ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん

創作:美しい都

むかしむかし、あるところに、「美しい都」と呼ばれる場所がありました。

都には大勢の「目の見えない人々」と、

絵や物語、彫刻などを作る「芸術家」が隣り合って暮らしていました。

都は芸術家たちの絵画や彫刻で彩られ、

人々は物語を聞きながら、絵や彫刻のすばらしさを感じ、

自分たちの住む都を「美しい都」と褒め称えました。

 

ある時、教会からやってきた男女一組の「聖者」が都に現れました。

聖者たちは都のところどころに飾られた絵画や彫刻を見て、

卒倒しそうになりました。

聖者は口々に言います。

「見よ、あの恥ずかしげもなく肌を晒す裸婦像の浅ましさを。

見よ、血に塗れ目を輝かす英雄の肖像の悍ましさを。

聞け、この物語は神と仕える者を冒涜する言葉に満ちている。

聞け、この詩は人々の道徳に背いている。」

男の聖者は、物語を紡ぎ、詩を唄う芸術家たちに詰め寄り、

顔を真っ青にして言いました。

「君たちの作品は悪徳に満ちている。君たちの言葉は正しくない。

こんなものを生み出すのは、悪魔か魔女くらいのものだ」

一方、女の聖者は彫刻家や画家に詰め寄り、

顔を真っ赤にして言いました。

「あなたたちの作品は姦淫の穢れに満ちている。あなたたちの眼差しは正しくない。

こんなものを生み出すのは、神を知らぬ蛮人のすることです」

芸術家たちは揃って、聖者たちに白い眼を向けましたが、

聖者たちは諦めることなく、揃って同じことを言いました。

「呪われよ、悪魔の子らよ。我らの言葉は神の言葉だ、正しい言葉だ。

お前たちは間違っている。正さねばならないのに、お前たちはそれを拒んだ」

芸術家たちは揃って首を傾げ、それぞれの家に帰っていきました。

 

それから、聖者たちは都に住む「目の見えない人々」を集め、説教を行いました。

すると、今まで潰れていた目が開き、感じることしか出来なかった都を、

風景として感じられるようになりました。

目の開いた人々に対し、聖者たちはこう言います。

「神は信じる者を皆お救いになります。ですがこの都を見てください。

この都は猥雑で、悍ましく、血腥く、およそ神が救うに値する場所ではありません」

それを聞いた人々は戸惑いながら、そしてそこまでこき下ろすほどかな、

と思いながらも、聖者様が言っているのだから間違いはあるまい、と、

日に日に、神と聖者たちを信じる人の数は増えていくようになりました。

 

すると、どうでしょう。

今まで「目の見えない人々」であった住民たちが口々に言いました。

「これはおかしい」「これは正しくない」「直すべきだ」

なかには芸術家本人たちの家に乗り込み、文句を言う人まで現れました。

最初は、芸術家たちは文句を聞き流していましたが、

昼夜問わず文句を言われ続けるので、作品を作ることはおろか、

静かに寝ることも出来なくなってしまいました。

そんな中、

彫刻家の心が折れ、女性像は布をまとうようになりました。

画家の心が折れ、英雄像はただ座っているだけになりました。

詩も物語も、味気ない、決まった文章だらけになりました。

て、ある時、釈然としない顔で自らの作品を眺めていた

芸術家たちの前に、聖者たちが現れて言いました。

「この女性像は誰かが劣情を抱くかもしれない。

この英雄像は誰かが真似をして殺人を犯すかもしれない。

この詩や物語で誰かが不快な気分になるかもしれない。

これらは全て正しくない。神の言葉に従って直すべきだ」

芸術家たちは疲れ切って、聖者たちに問いました。

「それじゃあ、神の言葉とはいったいどのようなものなのかね」

聖者たちは満面の笑みを浮かべて言います。

「決まっているでしょう。我々と、この街の人々が正しいと信じる言葉ですよ」

 

1人、また1人と、都からは芸術家が姿を消していきました。

ある者は自分の彫刻が道端で砕かれていたことに涙し、

ある者は自分の絵画が切り裂かれていたことに怒り、

ある者は自分の書いた本が燃やされていたことに失望し、

やがて全ての芸術家たちが都を去ってしまいました。

聖者たちは、目の開いた人々に対して言います。

「これで神も、この都に住む人々をお救いになるでしょう。

なぜなら、この都に住む人々は正しいからです。

御覧なさい、一切の悪徳がこの都には存在しない、美しい都です」

聖者たちは満足げに笑うと、次の救うべき人々のいる場所へと旅立ち、

人々は再び、元の開かない目で聖者たちを見送りました。

聖者たちが立ち去った後も、

目の見えない人々の生活は昔も今もさほど変わりません。

昔は芸術家たちの作品を眺めているだけ、

少し前は聖者たちの言葉を聞いているだけ、

そして今は何もない場所で無為に時を過ごすだけ。

「美しい都」が、「清らかな都」とその名前を変えるのは、少し後の話です。