話が弾んだのに、詰めをミスった出会いについて書く
季節の挨拶
3月も半ばを過ぎようとしているのに、膨らんだ桜の蕾に雪が触れる気候の中、皆様はいかがお過ごしだろうか。
私はと言えば、2,3日に一度tinderを開いてスワイプをし、荒涼とした砂漠の中に2,3粒混じった砂金を拾い集めるような日々を送っている。
最近では一時の気の迷いでpairsも登録してみたものだから、前も後ろも砂漠のようだ。
そんな中で、連続してアポが発生しているので、それぞれのエピソードについて書こうと思う。
今回のエピソードは、tinderでマッチした職人の女性である。
例に漏れず、アートや文学に興味の方向性が向いているタイプだった。
この記事にテーマを与えるとしたら、「詰めが全て」。
それでは、話を始めよう。
tinderでのマッチ、職人の女性と出会うまで
マッチした第一印象は、プロフィールの情報量は多いが、私が関わりのある領域とは少し外れていて、会うまでのとっかかりに苦労しそう、だった。
料理や登山が趣味、蚤の市を覗いたり、喫茶店に行くのが好き、とある。
私にはそうした趣味はない。喫茶店はたまに行くが。
写真を見ると確かに、料理の皿が並んでいる中にキャンプ用品が紛れているからこれは登山時に作り、撮影したものなのだろう、と読み取れる。
鏡を使った自撮りも、小物などの端々にこだわりが垣間見えた。芸大出身者や、モノづくり系の専門学校出身者に見られるような写真映りだ、と直感した。
そして、プロフィールには「仕事のことは仲良くなったら話しましょう」とあった。
この『仲良くなったら』という概念は非常に厄介で、文章のやり取りをしている内に、こちらが「そろそろ踏み込んでいいかもしれない」と思ったものの、相手にとってはそうではなく、一度踏み込んだら最後、『仲良くなったら』の条件が満たされることはない、という見えない壁になることが多い。
会う前のやり取りで、仕事(業種)について聞くのはかなりオーソドックスだが、今回はそれを封印し、聞くとしても「最近は忙しい?」くらいのものにとどめることにした。
そして、彼女の趣味に対しても私はさほど知識があるわけではないから、話を合わせるのは筋が悪い。
故に、趣味の中で、どういったものが好きなのか、こういうものは好きですか、と問いを立てる、教えてもらう、というスタンスでいくことにした。
そうして、おススメのスポットを聞いていく内に、「休みの日はこういうところで落ち着きたいですね」といった文章を送って、アポに誘うための流れを作る。
相手から「分かります、休みの人かはゆっくりしたいですもんね」といった言葉が飛んできたとき、私は確信をもって「もしよかったらお茶でもしませんか」と送った。
「いいですね、行きましょう」と返ってきた。
あとは諸々の予定を詰めていくだけである。
日にちを決め、会うまでの一週間のあいだに場所(駅)を決め、食べられないモノを聞いてから店を決めて予約し、
事務的な手続きにならないよう、平行して音楽の趣味などを聞いてみる。
音楽はあまり趣味が合わなかった。……というか女性と音楽の趣味が合ったことがないのでいつものことなのだが。
かと思えば、会う前日に交換したLINEでの会話の中で、彼女が割とアニメが好きだということを知り、やはり人間は様々な側面があるな、と実感した。
勧められた蟲師はそのうち見てみようと思う。
また、同棲中の彼氏に浮気されて同棲を解消したばかり、ということも聞かされた。
引っ越しをしたばかり、という話は事前に聞いていたのと、プロフに会った傷心中という情報が、点どうし線で繋がった。
私には結婚まで意識するような相手がいたことはなかったので(元カノとはそういう未来を一切思い描けなかった)、
そうしたことを真面目に考えられるというだけでも尊敬に値する。
こうして、その日はやって来た。
店に着くまでのアイスブレイク
渋谷駅での待ち合わせは迷うことが殆どなく済ませられた。
渋谷での待ち合わせのコツは、ハチ公広場を使わないことである。
実際に会った彼女は、写真から得ていたイメージとほぼ変わらない、好みの顔立ちだった。
ちなみに、私の好みはカラーメイク(※目元が赤かったりするやつ)の似合う、歯並びのよい女性である。
予約した店に向かう道すがら、互いの職場の最寄り駅を聞いたり、地元を聞いたりする中で、「tinderでどれくらい会ってきたんですか?」と聞かれた。
正直なところ、10人を超えてきた辺りで数えていなかったのだが、それを馬鹿正直に答えるのはさすがにマズかろうと思い、「6,7人くらいかな……」と答えたところ、「多いですね! 私は2人目です」と言われた。やるせない。
次からは3,4人と答えようと思う。
その後、「あまり話が続かない人が多い?」と聞くと、
「続かないですね。『あっ、話を無理に合わせてくれてるな』って思うことも多くて。会いたいって気持ちと、可哀想、って気持ちがぶつかり合って、可哀想が勝つとその時点でやめます」と返ってきたので、
「じゃあ、連絡を絶つのは慈悲なわけだ。剣士みたいだな」と言うと、「剣士w」と言って笑っていた。
その後、「tinderで勧誘とかされませんでした?」と聞かれたが、私にはそうした経験が幸運にもまだなかったので、
「後輩が『人間関係』ってバーでマルチの勧誘受けたって話はしてたな。『人間関係』とモディの『変なカフェ』は渋谷におけるマルチ勧誘のメッカらしい。『変なカフェ』にはわざわざ勧誘禁止って張り紙がしてあって。激熱だよね」
と言って笑いを誘った。
ちなみに、彼女から見た私は、「tinderにいそうなイケイケでチャラい感じがしないのがいいと思った」とのことである。
思えば、これまで会ってきた女性たちも似た傾向がある。
会った人数が少なく(2~3人)、アート系統に興味があり、「tinderをやっているような男」は苦手だが、他のアプリを使うことは選択肢に入らず、仕方なくtinderに登録しているような女性。
私はそうした女性のニーズを満たすらしい。
私も、そういった女性との会話は楽しめるので、需給が一致していると言っても過言ではない。
店に入って仕事と文学作品について語る
経験的に、アポで会った女性との会話は、こちらが話す、というよりは、相手のことを教えてもらう、という感覚でする方が上手くいきやすい。
相手のことを教えてもらうという観点で言えば、tinderでメッセージをやり取りする時点でもそうなのだが、文章と対面では込められる情報量が格段に違う。
文章では基本的にどんな時に(when、where)何を(what)、を聞いていき、さらに突っ込んで聞けたとしても、どのように(how)、を表面的に聞くのが関の山だ。
だが、対面は違う。音声と身振り手振り・表情によるコミュニケーションは、単位時間当たりに込められる情報量が文章より格段に多い。
それ故、文章では聞けなかったどのように(how)のより深い部分と、なぜ(why)そうするのかを聞いていく。
私はここで、文章でのやり取りの時には封印していた、どんな仕事をしているのか、なぜそれを選んだのかを聞くことにした。
あまり詳細を語るとプライバシーに触れるのでざっくりとであるが、前述の通り、日用品を作る職人として働いていて、そうした系統の専門学校の出であることが分かった。
そこから、今の職場を選んだ経緯などを聞きながら(なぜそこに入ったのか、どういうことをしたかったのか、等、割と細かく聞いた)、確か、仕事をし始めてから本を読めていない、といった話から、好きな文学作品の話に移った。
「これが一番好きなんです」と言いながら、彼女がスマートフォンで見せてきたのは、坂口安吾の『桜の森の満開の下』だった。
この時、私は心の底から彼女に会ってよかったな、と感じた。
というのも、私の一番好きな小説も『桜の森の満開の下』だからだ。
酔って回る口で私は言う。
「坂口安吾の描く女は、やることが悪辣だが無垢な童女という感じで、見ていてとても惹かれるものがある。『肝臓先生』にも似たキャラクターがいた気がする。『白痴』は……違ったけど」
「分かる気がする。他にそういう女性像の作品ってありますか」
「夢野久作の『少女地獄』。『ドグラ・マグラ』もエンタメとして面白いから、覚悟が決まれば読んでみるのも面白いと思いますよ」
その後、ドグラ・マグラのあらすじの説明を乞われ、ネタバレになり切らない範囲で説明すると、彼女は言った。
「面白そう! それなら、泉鏡花の『外科室』はいいかもしれないです。あとは映画になりますけど、『シャッターアイランド』とか。ロボトミー手術の話で」
「シャッターアイランド。見たことないな(メモしながら)。映画を観るのは大変なんですよね。この前は『ミッドサマー』を見たんですけど」
「あ、『ミッドサマー』! 気になってたんです。どうでした?」
「人間に期待や希望を抱いている人には厳しい映画です。自分は楽しめたけど」
「グロいのとかダメなんです。画面が明るいとは聞いているんですけど」
「普通に人が死にますね。画面が明るい中で血が流れますし」
「えー……」
あんまり言うとネタバレになるので、老人が肉塊になりますよ、とは言わなかったが。
店に入って2時間くらいが経った頃、私はあらかじめ探していた2軒目に行かないか、と提案した。
答えは間髪のないイエスだった。
2軒目にて、恋愛と性の話
2軒目のバーに着き、互いの好きなアニメの話をした後(というか私がエヴァとDARKER THAN BLACKについてあらすじ混じりに話しただけだが)、合図をしたわけでもなく恋愛の話になった。
彼女はこれまで様々な男と付き合ってきたようだが、浮気されて破局、という結末を迎えたのは初めての経験のようだった。
そのため、未だに気持ちの整理がつかないと言った。
それを傍で聞いていた私は「なるほど、大変だったね」といった通り一遍の反応をした気がするのだが、今思えばもう少し、この辺りについて話を聞いてみてもよかったのかもしれない。
あんまり心の傷をほじくるのもいかがなものか、と思ったのも事実だが。
そうして酒を飲んでいる内、唐突に彼女は言った。
「いたた。最近、口内炎出来ちゃって」
確かに、そういう痛みはいつだって突然である。明らかに同棲を解消したのが原因だろうとは思ったが、それはあえて言わなかった。
彼女は加えて言う。
「知ってます? 口内炎の箇所に塩を塗ると治りやすくなるんですよ」
「想像するだけで痛そうなんだけど……Mなの?」
「本当なんですよ。傷口から水分が出て行って……たまーにSM映画とか見ますけど。あぁもう、何言ってるんだろう」
この瞬間、流れが変わったな、と感じた。
「ちなみに、どういうのを観るんですか」と聞くと、
「『私の奴隷になりなさい』って知ってますか。壇蜜の」
「原作は読んだことある」
――この記事を読んでいる諸兄はご存じだろうか?
『私の奴隷になりなさい』とは、サタミシュウ先生が著したSM小説の傑作である。
高校生だった私の性癖と性愛に関する知識をバキバキに歪めたバイブル的一冊だ。
ちなみに、歪められた男はこうなる↓ので後学のために読んでおくとよいだろう。
persona-kaza310.hatenablog.com
閑話休題。
私は質問を続ける。
「あぁいうのは、する方に興奮する? それとも、される側?」
「……される側。壇蜜がされているのを見ると、綺麗だな、って思う。他の女優なら多分もっと下品になると思う」
「あぁ、それは分かる。壇蜜には気品がある。ちなみに見ていて一番興奮したシーンは?」
「下の毛を剃られるところ。本当に綺麗だなって」
なるほどね、と相槌を打ちつつ、問題なかろうと考えた私は、過去の性体験についても質問してみることにした。
「ちなみにどういう風にしたり、されるのが好き?」
「ゆっくりするのが好き。荒っぽくされるのは嫌」
「オレもそうだな。肌と肌が触れるのが気持ちいいのにね」
「そう! そうなんですよ」
「今までで一番よかったのは?」
「2つ前の彼。本当にゆっくりしてくれて」
――ここまで来たら後は進むだけなのでは?
そんな考えがよぎり、私は彼女の肩を抱いて、「静かなところに行かない?」と言ったのだが、彼女はわずかな間を置いて、
「嫌じゃない。全然嫌じゃないよ。けど、一度そういうことしたら、そういう関係で終わっちゃう気がして。でも、あなたとはそういう風に終わらせたくない。それに会って、すぐにして、みたいなのはもうやめたの。それに、焦らした方が楽しくない? あと、明日予定があるし……」と答えた。
私は全く気の利いたことを言えず、「そうかもね。分かるよ」とだけ答えた。
……が、今にして思えば、もうちょっと何かあるだろ、と当時の自分の頭を引っ叩きたくなる。
こんなド直球の話をする前に、この先、どういった恋愛をしたいのかを聞いておいてもよかっただろうし、
もう少し段階を踏んでスキンシップを図ってもよかったはずだ。
極めつけは典型的グダのようなセリフに対して、気の利いたことを全く言えないこの有様。
予習が足りない。予習が。
今後はここを課題にしようと思う。
……幸い、妙に空気が冷めるようなことにはならず(そう思っていたのは私だけかもしれないが)、
駅に向かう道の中で手を繋ごう、と提案すると、「元カレは付き合い始めてすぐにこういうのしてくれなくなったな……」などと言いながら手を握り返してくれた。
道すがら、「今度、本の貸し借りをしよう」だの、「オルダス・ハクスリーが薬をやってトリップした時のエッセイは最高なんだ」だの、「よく行っているバーに今度一緒に行こう」だのとお互いに話をしていたのだが、
私は愚かにもその場で2回目の予定を決めるということをせず、そのまま帰路についてしまった。
実質久しぶりのアポみたいなところがあったので、「女性と語る『いつか』の話は具体的に決めない限り永遠に来ない」ということを忘れていたのだ。
そして、お礼のメッセージも、電車に乗ってすぐに送ってしまった。
駆け引きみたいな小賢しいことが嫌いなのと、覚えている内にやらないと忘れる関係からすぐに送ってしまったのだが、駆け引きというものが存在するのは事実であり、忘れそうになるなら翌朝に送るようカレンダーにでも登録しておけばいい話なので、これは完全にミスだ。
その後
アポから2日後くらいまでは、
「友達と『ミッドサマー』観に行きました」
「見ちゃったんですか。僕も『シャッターアイランド』を見ました。キツいですねアレ」
「見ちゃいました。本当に地獄でした」
などというLINEのやり取りがあったのだが、唐突に向こうから返事が来なくなった。
端的に醒めたのだろう。よくある話だ。
彼女に勧められて観た『シャッターアイランド』もかなり精神を蝕む内容で、返事が途絶えてから2日後くらいまでは、返事が来ない事実と映画の内容のフラッシュバックで精神がどん底の手前にまで落ち込んだ。
が、こんなことは初めてではないし(※)、結婚を考えていた男に浮気をされ同棲を解消したという彼女の、察して余りある心痛に比べれば、私の精神的な苦痛など別にどうということはない。
……重ねてになるが、私には将来を誓いたくなるような相手がいたことはなかったので想像に過ぎないが。
※初回の、精神をどん底まで追いやった出来事
persona-kaza310.hatenablog.com
それに、平行してやり取りしている女性はまだいる。
今回のように話の合う女性はあまりいないので、未練がないと言えば嘘になるが、他の女性と話している中で気が付いたことがあり、立ち直ることが出来た(何に気が付いたかは次の記事で語る)。
とはいえ、次も同じことを繰り返すのでは流石に能がないので、詰めの部分については固めておこうと思う。
この記事が、諸兄の楽しみと実用を兼ねたのであれば幸いである。
それでは、またの記事で会いましょう。